ちょっと補足

田中様、投稿ありがとうございます。山陽新聞を読むことのできない県外の方向けに補足いたしますと、現在、山陽新聞紙上で「忍の勝負師 大山康晴の軌跡」が不定期連載中です。大山名人の一生を詳しくつづるもので、当時の貴重な写真(例・大山名人の自宅に内弟子入りしている学生服姿の有吉道夫奨励会員)も随所に掲載され、興味深い内容です。地元新聞社の強みを生かし、豊富な資料と綿密な取材がまじり合い、非常に読みごたえのある内容となっています。大山名人の一生を書いた本というのは、ありそうで意外とないような気がします。大山名人は生前、たくさんの自伝本を残していますが、それには当然ながら晩年のことは書かれていません。河口俊彦七段の力作「大山康晴の晩節」は有名ですが、この本はそのタイトルとおり、晩年にスポットをあてた内容となっています。後日、連載をまとめたものが必ず山陽新聞から単行本として出版されるはずで、大山名人の伝記として決定版となるはずです。

昭和44年の第28期名人戦は大山-有吉の師弟対決となり、その第2局が倉敷で行なわれました。そのときのことが6月7日~9日の山陽新聞連載に書かれています。藤原会長の名前も出ています。
近代将棋企画の関則可アマ名人81番勝負で、藤原会長と対局したことは私も知っていましたが、大山-有吉の名人戦と同日だったことは知りませんでした。田中様の投稿文
関六段も近代将棋にこうコメントしています。「目の前で二人の観戦者がヒソヒソ話している。それが(あれが有名な藤原雄三だ。相手は何ていうんだか知らないが、あのメガネ、きっとまけるよ)」
二人の観戦者というのは、岡山の将棋ファンのことだと思います。「あのメガネ」とは関則可アマ名人のことです。県内において藤原会長の強さは当時すでに伝説となっていて、勝てるアマなどいないだろうと、その観戦者は思ったわけです。(塚本)

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