米長哲学



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匿名希望さん、私が書きたいことを書いてくださりありがとうございます。「あの言葉」とは「米長哲学」のことを指します。私が昔、将棋世界で読んだうろ覚えによりますと、米長邦雄永世棋聖は若い頃の順位戦で、自分にとっては消化試合だが、ベテラン棋士の相手は負けるとC級2組から陥落するという一番を迎えた。悩みに悩んで悩み抜いたすえに到達した結論が「全力を注いで必ず勝つ」。米長哲学の実践はこの一番が最初だったそうです。なにぶんうろ覚えで間違いがあるかもしれませんが・・・

菅井五段は平成21年後期の三段リーグで2局を残した状態で四段昇段を決めました。消化試合となった最終日、昇段の可能性があった佐々木勇気三段(当時中学3年生)に勝ち、中学生棋士の誕生を阻んでいます。

米長哲学」への1件のフィードバック

  1. 匿名希望

    雞雞米長哲学が最も強烈に印象に残った事例が第24期の順位戦です。B級1組での芹沢-中原、大野-米長の最終戦で前者は勝った方が昇級、後者は大ベテランのA級復帰なるかといった背景で米長七段は残留確定の状況。誰もが若手の米長七段が大ベテランのホームで花をもたせるのではないかと予想していたらしいのですが、そこで最終盤に大トン死を喰らわせて米長勝ち。このあたりの情景は河口七段の著書などで読んだのですが、非常によくできたドラマのようです。特に終局後の大野、米長のからみがとてもいいエピソードだと感じました。機会があればぜひ読んでみてください。
    自らの哲学を実践した米長七段は翌期、当然のようにA級に上がります。
    余談ですが私は理論上の最善手を求める今の将棋より、「相手が間違う手こそ最善手」というような大山、米長、森(雞)の棋譜が絶対面白いと信じています。

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